10周年記念特別座談

KONISHIKIさんとフリートーク。

お相撲さんとして現役時代は超強力な大関として活躍し、今ではマルチタレントとして大人気のKONISHIKI(小錦八十吉)さん。10周年のお祝いに、盲導犬育成・普及の宣伝役を買って出てくださいました。そこで撮影スタジオを3人の盲導犬ユーザーが訪問し、楽しくおしゃべりさせていただきました。(文中敬称略)


おしゃべりした人のプロフィール


「盲導犬のおかげで、自分の障害を受け入れられた気がする。」どこでも出かけていく行動派。KONISHIKIさんの、人生にまじめに、でも自然体で取り組む姿勢に心から共感していました。盲導犬ユーザー歴7年。パートナーはラブラドールレトリーバーのアリス。

大好きなKONISHIKIさんに会えて、感激ひとしきり。おしゃべりの後で、「私が元気に暮らしていられるのは、家族とアンソニーと、たくさんの人たちに出会えたおかげ、心から感謝しています。」盲導犬ユーザー歴半年。パートナーはラブラドールレトリーバーのアンソニー。

撮影後、KONISHIKIさんのお顔や肩に触らせていただいて、あまりの大きさにびっくりするやら感心するやら。「それは、ソファーだよ」というKONISHIKIさんの冗句も信じてしまいそうなほどでした。盲導犬ユーザー歴11年。パートナーはゴールデンレトリーバーのイフー。


相撲があったから、今がある。


'82年ハワイ大学付属高校卒業後、高砂部屋に入門。5年で大関に昇進し、'97年に引退。数々のスポーツ賞の他、多彩な受賞歴を持つ。「KONISHIKI基金」を設立し福祉活動も実施。NHK教育「にほんごであそぼ」レギュラー出演、各地でライブやイベントなどに出演、ハワイアン音楽のCDの発表、書籍執筆など大活躍中。
ホームページ http://www.konishiki.net
早川
KONISHIKIさん、本当に大きいですね。小さい時から、大きかったんですか。
KONISHIKI
小さい時は、小さいよぉ。こんなでっかくて、生まれないもん。(笑)
内藤
身長や体重は、どのくらいですか。
KONISHIKI
身長は186センチ、体重280キロ。足は16センチ、ああ違う、16インチだから、36センチくらい。ちっちゃいでしょ。(爆笑)昨日よりちっちゃくなっちゃったんだよ。(大爆笑)
櫻井
でも、そんなに、大きいと大変じゃないですか。
KONISHIKI
スポーツやってたから動けるんだね。ボクはスポーツが大好き。ボクシングとかゴルフとかサーフィンとかフットボール、それとウエイトリフティングはハワイのチャンピオンだった。
内藤
日本に来るきっかけはどうだったんですか。
KONISHIKI
卒業前に高砂部屋の人から声をかけられた。でも相撲なんて知らなかったし、説明してもらってもぜんぜん理解できなくて、その時は断ってた。
早川
じゃあ、完全に断ってたら大変でしたね。
KONISHIKI
うん。でもスポーツも格闘技も大好きだったから、相撲がやれてよかった。相撲から学んだことがいっぱいあったし、一生けんめい教えてもらえたし、相撲があったから今がある。それにボクには目的があった。うちが貧しい方だったから、家族を助けたかったんだ。強くなればみんな喜んでくれるから。
内藤
それで日本で一人で働くことにしたんですか。
KONISHIKI
大学行くにもお金がかかるし、相撲やれば、誰にも迷惑かけないでしょ。
櫻井
親孝行ですよね。
KONISHIKI
ボクは、親が大好き。親がいなかったら、強くなれなかった。一生けんめい育てもらったから、ボクも精一杯やって親を幸せにしたい。それがボク自身の幸せだよ。

うちの家族は、相撲より厳しかったよ。

早川
ご兄弟は、何人いるんですか。
KONISHIKI
10人。ボクは、下から2番目。
内藤
たくさんいらっしゃるんですね。
KONISHIKI
多い方がぜったい楽しいよ。ケンカも多いけど、思い出がいっぱいある。オヤジがすごく厳しい人でね、兄弟それぞれに役目があって、ボクの家は相撲界より厳しかったよ。
櫻井
えー、でも、お相撲さんの世界ってすごく厳しいんでしょう。
KONISHIKI
うちは家族の中でも先輩後輩があった。お姉ちゃんお兄ちゃんには、絶対頭あがんない。言われた通りにやらないとダメ。
早川
おうちでのお手伝いは、なんの役目だったんですか。
KONISHIKI
小学校3年の時から、家の掃除やトイレ掃除も。自分の洋服は自分できちんとしてたし。
早川
7歳か8歳の子供が、ちゃんと家の仕事をしてるんですね。
KONISHIKI
お姉ちゃんなんか、晩ご飯の準備もしてたよ。みんな学校や仕事から帰ってきてから、家での役目をやる。6時頃に家族がそろうと、お祈りして晩ご飯になるけど、ご飯の席も上から順番。小さいころは大人と一緒のテーブルに座れない。そういうことが、今も守られてる。
内藤
昔の日本みたいな感じですね。昔は私たちの家にも、そういうことがありました。
KONISHIKI
それは人間としてとても大切な教えだと思う。昔の日本みたいってよくいわれるけど、家族のルールをなくしてしまうのは、子供がかわいそうだよね。

お父さんは、家族が趣味だった。

内藤
確かに日本でも、昔のお父さんは怖かったですね。
KONISHIKI
ボクもオヤジは怖かったけど、頼もしいしすごく優しい、憧れだった。家族をすごく大事にしてた。そんな中で育つと、家族が大好きになる。オヤジは自分の家族が趣味だったんだなって感じる。
櫻井
うちの父も頑固で厳しい人でした。去年亡くなったんですけど、話しかけるのも怖かった。
KONISHIKI
親は厳しい方がいい。家族がいちばんの勉強なんだから。今の世の中、お金がないと楽しくないみたいに思ってるけど、そんなことない。家族といればそれだけで楽しいよ。
櫻井
私は耳にも傷害があるんですけど、父はいつも私が幸せになれるだろうかって心配してくれていたそうです。亡くなる前に、母からそんな話を聞かされて、父の前で泣いちゃったんです。
KONISHIKI
ボクも三年前にお母さんを亡くして、ついこの前、妹も亡くしてしまった。
櫻井
家族を亡くすって、哀しみが深いですね。でもヘンな話ですけど、父が亡くなって、初めて大人になれたような気がしたんです。父が一生けんめい育ててくれたから、これからもやっていける自信が芽生えるような。
KONISHIKI
うん、わかる。ボクはお母さんに喜んでもらいたくて、自分ができることを精一杯やった。世界中どこにいても、毎日電話したり。アフリカからもチェコからも、必ず電話してた。ボクなりに、できることを精一杯やったから、お母さんが亡くなっても悔いがなかった。

自分の道を、自然に行こうよ。

盲導犬と一緒だとよく声をかけてもらえて、家にいるのがもったいないくらい。
盲導犬を通じて出合いが生まれて、豊かな人生まで運んできてくれたみたい。
盲導犬と一緒に楽しく暮らせる社会が実現できるようがんばりたいですね。

早川
私たちにとって、盲導犬も大切な家族なんですよ。目が見えないと一歩外に出ると危険がいっぱいで、出てたいのに出られない。盲導犬が来てからは、自分が行きたい時に行けるようになりました。白杖で歩いていた時は、孤独だったんですけど、犬と一緒だとよく声をかけてもらえて、家にいるのがもったいないくらい。
KONISHIKI
どんどん外に出て行って、たくさんの人に盲導犬のことを知ってもらうことで、少しずつ日本も変わっていくと思うよ。
櫻井
私は白杖で歩いてて、駅のホームで何度か落ちたことがあって、3回くらい救急車で運ばれましたよ。それで主人が、盲導犬と歩けばと奨めてくれて。盲導犬のアンソニーを通じていろんな出会いが生まれて、豊かな人生まで運んできてくれたみたい。
KONISHIKI
自分が歩く道を歩けばいいんだよ。ボクも自分の道を探してる。でもまだ自分の道を見つけていない。みなさんが自分をしっかり持って、外に出ていって世の中の人に姿を見せるだけで、社会的にもすごく勉強になることだし、みなさんが盲導犬と一緒に楽しく暮らせる日を夢見て、夢への道をしっかり歩いていけば、きっと夢見た社会が実現できると思うよ。
内藤
絶対そうしたいですね。がんばりたいですね。
KONISHIKI
でも、がんばりすぎて、ムリしないで。がんばりすぎると、負担になっちゃうからね。自分らしく普通に暮らして、みんなに自然に見てもらうといい。ボクもムリしてがんばったりしない、とても自然にやってるよ。